日本全国でアライグマが増殖している。出没情報は農村や山間部だけとは限らない。最近は都会でも、その姿が見られるようになった。
昨年10月には、東京・赤坂の路上にアライグマが現れた。街路樹の枝にアライグマがいると110番通報があり、警察、消防、そして多数の野次馬が入り乱れての捕り物劇が演じられた。
東京都自然環境部によると、2017年に都内で捕獲されたアライグマは約400匹。その前年は約600匹にも及んでいる。ちなみに今世紀初めあたりは毎年10匹から30匹程度の捕獲数だったが、06年ごろから右肩上がりに増えていった。
「鳥獣対策として自治体が取り組みを強化してきたことが数字に反映されている部分もあるとは思います。ですが、昨今は23区内での捕獲も目立つようになりました」(担当者)
どうやら都会進出に乗り出したようだ。
環境省の調査でも、全国におけるアライグマの生息地域はこの10年間で3倍に拡大していることが確認されている(2016年度発表による全国の捕獲数は約3万5000匹)。
「抱きしめる」だけで違法
縞模様の尻尾と目の周りの黒い縁取りが特徴のアライグマ。昨今ではアニメ「けものフレンズ」や映画「アベンジャーズ」のキャラクターとしても大人気だ。
その見た目は抱きしめたくなるほどの可愛さだが、本来の生息地は北米大陸。しかも生態系や農林水産業に大きな被害を与える”害獣”として、日本では特定外来生物に指定されている。
つまり、法律上は招かれざる客なのだ。
よって、アライグマは研究など特別の理由がない限り、飼育も輸入も販売も、そして野に放つことも、外来生物法などによって禁止されている。
2017年には富田林市でアライグマ4匹を許可なく飼育した後に逃がしたとして、女性が書類送検された。
女性は動物好きで、勤務先の倉庫にすみついたアライグマを「このままでは駆除されてしまう」と、自宅に持ち帰った。しかし、「このまま飼育しているのはまずい」と思い直し、山林に逃がしたのだという。
繰り返す。アライグマは飼うことも放すことも禁止。要するに、かわいいからと抱きしめた段階で、厳密には罪に問われてしまうのだ。実に理不尽。正直、納得しがたい。
アライグマなのにイタチごっこ
「それだけ深刻な被害が相次いでいるのです」
険しい表情でそう話すには、環境コンサルタント会社「地域環境計画」(本社・東京)野生生物管理グループの宮畑貴之氏だ。同社は全国の自治体などから野生生物の防除計画を依頼されている。
「アライグマは雑食性で、とにかく何でも食べてしまう。ザリガニ、魚などの水中生物から、小動物、そして果物や野菜、畜産飼料や人間の残飯までも餌にします」(宮畑氏)
手先が器用で、ミカンはわざわざ皮をむいて食べるし、スイカも穴をあけて、中身だけをきれいにくりぬいて食べてしまうという。
「ですから農業生産者にとっては死活問題。放置するわけにはいかないのです。だからこそいま、全国の自治体でもアライグマ対策に取り組んでいるのですが、正直、捕獲が増殖に追い付かない部分はありますね」(宮畑氏)
自治体の中には「見逃さない」「増やさない」「負けない」といったアライグマ「3ない運動」にとりくんでいるところもある。
だが、アライグマは頭がいい。箱わな(餌を仕掛けて箱の中に誘い込む方法)の餌だけ奪って逃げる者もいれば、そもそも用心して、わなに近づかない者もいるらしい。アライグマではあるが、人間とのイタチごっこを繰り広げているのだ。
あなたの家にも……
そして冒頭でも話したとおり、農村での厄介者は、都市部にもそのテリトリーを広げた。
「この季節(春から初夏にかけて)はアライグマばかりに追われている」
そう話すのは、害獣駆除の専門会社「AAAホームサービス」(本社・東京)環境衛生事業部の丸山潤氏。
「ちょうど、子どもが生まれる時期なので動きも活発になります。鳴き声が目立ったりすることもあり、そこで家の中にアライグマが入り込んでいることを認識される方も多いんですね」(丸山氏)
そう。アライグマと”同居”している家庭は、けっして少なくないのだという。
「アライグマは環境適応性が高く、どこにでも進出するんです。ここ数年、住宅地からの駆除要請も急増しています。最近の住宅はグラスウールの綿を使った断熱材が天井などに張り巡らされています。これがアライグマにとっては最高のお布団なんですよ。ふかふかして、しかも暖かいものだから寝心地がいい。そこを拠点というか”実家”のようにして暮らしているわけです」
実家であるから、飯も食えば糞もする。たまった糞尿は不衛生であるばかりか、ハエやゴキブリ、ダニ、ネズミなど他の生物を引き寄せることにもなる。
当然、子どもも実家で産む。しかも、多産だ。
「一度に5〜6匹の子どもを産むのが普通です。しかも産まれてから1年もすれば妊娠が可能。子どもの死亡率も低いので、短期間で急増していくんですね」(丸山氏)
ねずみ算ならぬアライグマ算。驚異の繁殖力だ。気が付いた時にはアライグマの大家族が天井裏で生活していることも多い。
駆除はなぜ必要なのか
駆除にはもっぱら箱わなを使う。人間を恐れるので、網や素手で捕獲することは難しいのだ。
「箱わなにおびき寄せるための餌としては、甘くて油分が多いものがいい。いろいろと試行錯誤を重ねましたが、キャラメルコーンや餡ドーナツなどが効果的でした」(丸山氏)
捕獲したアライグマはアルミケースの中に収めて、炭酸ガスをゆっくり注入して安楽死させる。これだと眠りながら死んでいく感じになるのだとか。
息を引き取った個体は冷凍保存してから回収業者に引き渡す。
「年に一度は供養の儀式もおこなっています。害獣とはいえ、アライグマ自身に罪はないのですからね」(丸山氏)
確かにアライグマにとっては不幸なことに違いない。だが、放置すれば農産物も家屋も被害にあう。なかには狂犬病を持っているアライグマもいるため、人体への直接被害も懸念される。
それだけではない。
「なごや生物多様性センター」(名古屋市)で生物多様性の保全担当をしている?尾知基氏は「生態系維持のためにもアライグマ対策は必要」だと強調する。
「希少な生物がアライグマの被害にあっているのです。このままでは地域の生物環境が大きく変化してしまいます」(?尾氏)
愛知県内でも、最近では名古屋市の繁華街にも出没するようになった。生息域が拡大する過程で、公園の池や沼地にすむ在来動物にも被害が及んでいる。
「首を食いちぎられたカスミサンショウウオや腕を引きちぎられたニホンイシガメなどの希少生物が発見されています。いずれもアライグマの仕業だと考えられます」(?尾氏)
だからこそ駆除したうえでの殺処分もやむを得ない。
「もちろん、個人的にはかわいそうにも思います。見た目もかわいいですし。だからこそ、少しでも不幸な犠牲を減らしたい。当センターでは、殺処分されたアライグマを解剖し、生息実態の研究を進めています。命を無駄にしないように、少しでも役立てていきたいと考えています」(?尾氏)
ラスカルの功罪
ところで──素朴な疑問だ。
なぜ、日本にいるはずのないアライグマが生息しているのだろう。
環境省の資料などによると、野生のアライグマが国内で最初に発見されたのは、1962年のことだった。愛知県犬山市にある動物飼育施設で飼育されていたアライグマ12匹が檻から逃走したのだという。
では、この12匹が”アライグマ算”で増えていったのか。
どうやらそうでもないらしい。
急増の最大の要因だと関係者の誰もが口にするのは、あの有名アニメである。
「あらいぐまラスカル」──1977年にフジテレビ系列で放映されたテレビアニメは、当時、大ブームを引き起こした。
11歳の少年が、森の中で幼いアライグマのラスカルと出会う。人懐っこいラスカルと少年の友情物語。原案は米国の作家スターリング・ノースの自伝的小説である。
クークーとかわいらしい鳴き声をあげながら少年にまとわりつくラスカルの姿は、全国の少年少女、いや、おとなたちの琴線を激しく揺さぶった。
ラスカルが欲しい!
多くの人がそう思ったことであろう。私もそうだった。
賃貸の団地住まいだった私は犬を飼うことができなかったので、ラスカルの一匹や二匹くらい、一緒に暮らしてもよいと思った。友達が少なかったので、子分のようにラスカルを連れまわしてみたかった。
私は願望だけだったが、実際にペットとして飼う人が続出したのである。そのころはまだ、外来生物法などの法律は整備されていない。国内にアライグマはいなかったので、ペット業者は米国から仕入れ、それが飛ぶように売れた。
だが──。
意味深な最終回
「同時に飼育できなくなって手放す人も増えてしまったんです」と話すのは前出・「地域環境計画」の宮畑氏。
実は、アライグマは飼育の難しい動物だとされる。
日々、アライグマと格闘している前出の駆除会社「AAAホームサービス」の丸山さんも、「私だったら無理。絶対に飼育できない」と断言する。
「生まれたばかりの頃ならばともかく、大人になったら暴れて手が付けられない。たとえケージの中に入れたとしても、餌をやるたびに、ひっかかれないかとびくびくしてしまいますよ。たぶん……一緒にいても楽しくないと思います」(丸山さん)
そうしたこともあり、当初は家族として受け入れたアライグマも、結局は飼い主の手に負えなくなり、近くの山林などに「逃がす」人が多くなったのだという。
そういえば、すでに忘れている方も少なくないとは思うが、「あらいぐまラスカル」の最終回も実は暗示的ではあった。
父親の事業が失敗し、転居の決まった少年はラスカルを森に返すことを決める。もちろん、最終回近くでは、生長してやんちゃになったラスカルの様子も描かれる。
小舟に乗って、少年はラスカルとともに森の奥深くへ向かう。お別れにサンドイッチを手渡し、少年はラスカルを森において、そっとその場を離れる。
くーーん、くーん。悲し気に鳴くラスカル。さようならラスカル!
私も泣いたが、現代の日本では外来法違反で書類送検は間違いなしだ。
「飼育は可能」という人も
そう、かくしてアライグマは野に放たれた。繁殖した。被害も増えた。そして、殺されていく。
考えてもみれば、人間の身勝手が生み出した現象でもある。
私たちが招き入れ、都合悪くなって手放したのだから。本来、アライグマに責任はない。彼ら彼女らは生きようとしているだけなのだ。
一方、本当にアライグマは人間の手に負えない動物なのか──疑問に感じている人もいる。
動物園「市原ぞうの国」(千葉県市原市)副園長の小竹隆氏だ。
同園では取材時、3匹のアライグマが展示されていた。
「かわいいものですよ」と小竹氏は目を細める。
小竹氏は前任地の「長崎バイオパーク」(長崎県)のときからずっとアライグマを見続けてきた。
「凶暴なアライグマが人の手で捨てられて増殖した、というストーリーを私は少しばかり疑っているんです。だって、ちゃんと飼育していれば人間にもなつきますよ。そりゃあ、成長すれば動きも大きくなるけれど、それは他の動物だって同じこと。少なくとも私は、アライグマがそれほど攻撃的な動物だとは思っていません」
同園では名称通りに「ぞう」が一番人気だが、その次に人気を集めるのがアライグマだという。
「表情も動きも愛らしい。しっかり育てれば、ちゃんと言うことも聞きます。ただ一般家庭では、大きく育って動きも派手になると、それを凶暴だと思ってしまう人もいたかもしれません」
いま、同園では厄介者扱いのアライグマを積極的に受け入れようと考えている。
「農産物被害などが深刻であることは理解しています。でも、いや、だからこそ、アライグマの本当の姿を動物園で見てもらいたい」
ちなみに私が取材で訪ねたときは、3匹ともにおとなしく寝ているだけだった。夜行性なので、昼間はじっと寝ていることが多いのだという。
究極の解決法
さて、人間になつこうが、愛くるしい動物であろうが、それでも被害や生態系を考えれば、そのままにしておくことは難しい。というよりも現行法ではそれが許されない。
では、捕獲したアライグマの命を無駄にしない方法はないだろうか。
ひとつ、方法がある。
お肉としていただく、というのはどうだろう。 愛知県豊田市の郊外にある「山里カフェMui(ムイ)」。古民家を改造したジビエ料理店だ。
店主の清水潤子さんは狩猟免許を持ち、仕留めた動物を上手に活用している。
鹿のソースカツ丼、イノシシのハンバーグ、カラスのアヒージョ。そして清水さんが「もっともおいしい」とすすめるのが、アライグマである。
私が注文したのはアライグマのトマトソース煮込み。いやいや、これがうまいのなんのって。正直、牛肉だと思ったくらいにクセが少ない。ほどほどの脂身が口の中でとろける。
「血抜きして、内臓を素早く取り除けば、ぜんぜん臭みがないんです」(清水さん)
清水さんは地域での農業体験をきっかけに害獣被害を知った。そこで狩猟免許を取得し、駆除に関わるようになるが、「命を無駄にはしたくない」と思うようになった。
そこで調理師免許も持っていることから、ジビエ専門店を開業した。
「駆除した動物って、結局は土に埋められるか焼却処分されるかなんですよ。あまりにもったいないと思ったんです」
そして、捕獲した野生動物を片っ端から食べてみた。おお、なかなかいけるじゃないか。カワウとタヌキ以外は、ほとんどが料理に活用することができた。
「食べることで、動物の、いや人間の命の重みも考える。ここに来て、そういうことを思ってもらえてもいいなあと」
清水さんのつくるジビエ料理は評判を呼び、いまでは休日には県外からも多くの客が訊ねるようになった。
私は躊躇なくアライグマを胃の中に入れた。大満足だった。こうして私は生きていく。人間の身勝手も、農業被害も考える。
生物の多様性を守るために、できることは何か。ともに生きる、とはどういうことなのか。胃袋の中からアライグマが訴えるのだ。
安田 浩一
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